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■まちの駅 古事記comの展示物

古事記comに常設展示されている文献・資料等をご紹介します。

古事記展示資料
▲古事記comの主な展示資料と真福寺本古事記の記述から復元制作した淤能碁呂嶋図
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公開展示資料は数千点!


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国宝 真福寺本古事記(影印)
応安4年(1371)真福寺の二代住職信瑜の弟子賢瑜によって書写された写本。現存する最古の写本で、句読点やフリガナがなく、文章中の語句、漢字表記など他の写本と異なるところが多い。
道果本古事記(1380)との比較から、賢瑜は元本に記された句読点やフリガナを省き、古事記原本の復元を試みたと考えられる。
古事記研究、また古代史研究の原典とすべき写本である。


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道果本古事記(影印)
永徳元年(1380)僧 道果が、真福寺本とその元本を比較検討した古事記初の校勘本。上巻途中までの書写で、一部に句読点や所々フリガナ等が施されているが、校勘は上巻冒頭の神世七代記述部で挫折している。
写本としての価値は低い。しかし真福寺本の元本には句読点やフリガナがあり、賢諭が意図的にそれを省いたことが分かる資料として重要である。


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訂正古訓古事記(木版本)
享和3年(1803)本居宣長の遺稿『新刻古事記』を元に出版された古事記の刊行本。江戸時代のベストセラーとなり、現在発行されている古事記の原典となった。
しかし内容的には、意訳、曲解の多い贋作であり、古事記本来の読み、解釈がなされているとは言い難い。
そのため古事記の歴史的な誤訳と誤解の病根となっている。


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日本書紀(17世紀中頃の写本)
『日本書紀』は、養老四年(720)に編纂された現存する日本最古の国史。全30巻から成る。日本の古代史を研究する上で、第一級の歴史的資料として古来その内容が考察されてきた。この写本も、そのうちの一つ。
内容的には編纂期の現代史であり、当時の為政者たちの思惑によって所々記述が歪められている。
その記述の何が事実で、何が虚偽であるか?『日本書紀』を読み解くには、それを見極める必要がある。


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続日本紀 蓬左文庫本(全5冊)※中央部の5冊
『続日本紀』は、平安時代初期に編纂された勅撰史書。『日本書紀』に続く六国史の第二にあたる。菅野真道らが延暦16年(797年)に完成した。文武天皇元年(697年)から桓武天皇の延暦10年(791年)まで95年間の歴史を扱い、全40巻から成る。
『日本書紀』と同様、当時の現代史であり、交替する為政者の思惑が働いて、編纂内容が二転三転したらしい。
羅列的な歴史的記録の行間に、秘匿、省略された歴史的真相が隠されている。読み解くには、その真相を明らかにしなければならない。


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俊頼髄脳(影印)
源俊頼によって書かれた歌論書(1113)。その中で、すべての言葉には異名があり、「天」の異名は「なかとみ」であるという。
『古事記』上巻冒頭の一文「天地初發之時於高天原成神名天之御中主神」には、【訓高下天云阿麻下效此】という施注がある。
よって「高天原」の「天」は、中臣(右大臣藤原不比等)を示唆。残る「高原」は、左大臣石上麻呂の出身地「那須」にある地名で「物部」を示唆している。
つまり『古事記』や『日本書紀』の「高天原」は、麻呂不比等の連合政権を表す造語だったことがわかる。


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関根聡
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関根聡

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